山口地方裁判所 昭和58年(行ウ)3号 判決 1984年3月15日
山口県徳山市楠木二丁目一五番三五号
原告
前田電設株式会社
右代表者代表取締役
前田勇雄
右代理人支配人
谷村健一
同市今宿町二丁目三五番地
被告
徳山税務署長
原田一徳
右指定代理人
佐藤拓
同
青山彰彦
同
溝下正喜
同
品川寿興
同
田中悟
同
高地義勝
同
青笹勝徳
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、昭和五七年九月三〇日付「法人税額等の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書」三通をもって、原告の同五四年四月一日から同五五年三月三一日まで、同年四月一日から同五六年三月三一日まで及び同年四月一日から同五七年三月三一日までの各事業年度(以下それぞれ、「昭和五四年度」、「昭和五五年度」、「昭和五六年度」という)の法人税についてなした各更正処分並びに賦課決定処分を、いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件処分の経緯等
原告は、電気通信工事を業とする会社であるが、昭和五四年ないし同五六年の各年度の法人税について原告のなした青色確定申告、これに対する被告の各更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下右各更正を「本件各更正」、右各過少申告加算税の賦課決定を「本件各決定」とそれぞれいう)の経緯は、別表(一)記載のとおりである。
2 本件処分の違法事由
しかし、本件各更正及び各決定は、原告の所得金額から、取締役前田初世(以下「訴外初世」という)、同前田邦夫(以下「訴外邦夫」という)、監査役前田一男(以下「訴外一男」という)に対して支給された昭和五四年ないし同五六年度分の賞与を損金として控除せず、これを含めた金額を課税標準としている点で違法である。
よって、原告は、被告に対し、本件各更正及び各決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2のうち、本件各更正及び各決定が、違法であるという点は争うが、その余の事実は認める。
2 被告の主張
原告の昭和五四年ないし同五六年度分法人税に関する更正処分の経緯は、それぞれ別表(二)ないし(四)記載のとおりである。
ところで、原告は、役員である取締役訴外初世、同訴外邦夫及び監査役訴外一男に対し、別表(五)記載のとおり賞与を支給した。このうち訴外一男は、法人税法施行令七一条一項三号に該当し、法人税法三五条五項に定める使用人兼務役員から除かれた役員である。また、原告の株主構成(昭和五五年八月二七日の組織変更前は出資者の構成)は、別表(六)記載のとおりで、原告代表者前田勇雄及び法人税法施行令四条一項一号に定める同人の親族が所有する株式(組織変更前は出資持分)が発行済株式の九五パーセント(組織変更前は出資の全部)を占めており、原告は、法人税法二条一〇号に定める同族会社であるが、訴外初世及び同邦夫は、同族会社判定の基となった持株割合(組織変更前は出資持分割合)五〇パーセントを超える第一順位株主グループに属し、かつ、各自五パーセントを超える株式(組織変更前は出資持分)を所有しているから、法人税法施行令七一条一項四号に該当し、法人税法三五条五項に定める使用人兼務役員から除かれた役員である。
よって、原告が損金経理を行って前記役員に支給した前記賞与は、法人税法三五条一項に該当し、したがって、被告がこれを損金不算入として原告の所得に加算した原処分は適法である。
三 被告の主張に対する認否及び原告の主張
1 被告の主張に対する認否
被告の主張のうち、訴外一男は、法人税法施行令七一条一項三号に、同初世及び同邦夫は、同施行令七一条一項四号にそれぞれ該当し、法人税法三五条五項に定める使用人兼務役員から除かれた役員であること、本件賞与が同法三五条一項に該当し、被告がこれを損金不算入として原告の所得に加算した原処分が適法であるということは争う。
2 原告の主張
被告のなした本件各更正及び各決定は、以下の理由で違法である。
(一) 法人税法三五条四項、五項、同法施行令七一条一項三号、四号の規定は、憲法一四条一項、二九条一項、二項、三〇条に違反し、無効である。
即ち、訴外初世、同邦夫及び同一男が実際に労働した質、量は他の従業員と何ら異なるところがないにもかかわらず、彼らが役員であるということをとらえて、同人らに対する賞与を損金として算入しないことは何らの合理性もなく、右賞与を月割支給すれば役員賞与とならず、損金に算入できることを考えれば、前記法令にはその目的性が欠けており、納税者の無知につけ込んで課税するといった罪悪性すら存する。
また、右法令をそのまま適用すれば、担税力のないところに課税され、支給した法人に対しては法人税が、支給を受けた役員には法人税と同性格の所得税が課税される結果二重課税を招来するが、これを排除する措置がとられておらず、右法令には重大な不備があり、更に、その趣旨、適用の目的、効果、課税庁の評価、課税の利益が極めて不明瞭である。
以上述べたとおり、右法令は、著しく不当、不合理、不平等なものであり、憲法一四条一項、二九条一項、二項、三〇条に違反し、無効である。
(二) 訴外初世、同邦夫及び同一男は、いずれも単なる名義上の役員にすぎず、彼らに対して支給された役員賞与は、役員たる地位、職務に対して支給されたものではなく、彼らの労働に対する対価として支給されたものであって、その額も一般使用人と比較して不相当に高額なものではなく、本件賞与は、法人税法三五条一項の役員賞与には該当せず工事業を営む原告にとっては売上原価に相当し、損金として所得から控除されるべきである。
(三) 原処分庁の判断は、余りにも外形にとらわれた判断であり、現実とかけ離れた誤ったものである。
(四) 法人税法施行令七一条は、重大な租税関係を定める条項であるから、法律で定めるべきであり、租税法律主義に反する。
(五) 本件賞与を商法上も会計諸則上も利益処分とみなすのであれば、その旨の定めがなければ、租税法律主義に反する。
四 原告の主張に対する認否
いずれも争う。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証の一ないし一八、第二号証の一ないし一〇、第三号証の一ないし二〇、第四号証の一ないし二六、第五号証の一ないし三六、第六号証の一ないし一四、第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証
2 乙号各証の成立はすべて認める。
二 被告
1 乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第六、第七号証
2 甲第一号証の一ないし一八、第二号証の一ないし一〇、第三号証の一ないし二〇、第四号証の一ないし二六、第五号証の一ないし三六、第九号証の成立は認め、その余の甲号各証の成立はすべて不知。
理由
一 請求原因1(本件処分の経緯等)及び2(本件処分の違法事由、但し、本件各更正及び各決定が違法である点を除く)の各事実は、当事者間に争いがなく、被告主張の事実のうち、原告の昭和五四年ないし同五六年度分法人税に関する更正処分の経緯が、それぞれ別表(二)ないし(四)記載のとおりであること、原告が、訴外初世、同邦夫及び同一男に対し、別表(五)記載のとおり賞与を支給していること、原告の株主構成(昭和五五年八月二七日前は出資者の構成)は、別表(六)記載のとおりで、原告代表者前田勇雄及び法人税法施行令四条一項一号に定める同人の親族が所有する株式(組織変更前は出資持分)が発行済株式の九五パーセント(組織変更前は出資の全部)を占めていること、原告は、法人税法二条一〇号に定める同族会社であるが、訴外初世及び同邦夫は、同族会社判定の基となった持株割合(組織変更前は出資持分割合)五〇パーセントを超える第一順位株主グループに属し、かつ、各自五パーセントを超える株式(組織変更前は出資持分)を所有していることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。二 原告の主張に対する判断
1 原告の主張(一)について
株式会社の取締役、監査役は、株主総会によって選任され、株式会社と取締役、監査役の関係は委任に関する規定に従うこととなっており(商法二五四条、二八〇条)、また、取締役は会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負い(同法二五四条の三)、監査役も善良な管理者の注意をもってその職務を遂行しなければならないとされているとともに(同法二八〇条、二五四条、民法六四四条)、役員に支払われる報酬についても、定款にその定めがないときは株主総会の決議をもって定めることとなっているのであって(商法二六九条、二七九条)、有限会社の場合を含め(有限会社法三二条、三四条)、会社の役員は、一般の使用人とは異なる地位にあるものといわなければならない。
したがって、会社が役員に対して臨時的給与として支払う賞与は、会社が役員に対し、委任関係に伴う特約として役員の業務執行に対する報酬を定め、一定の支給基準に従い定期的に継続して支払われる給与とは異なり、役員の挙げた業績に対し、委任の主体たる株主が、株主に帰属する利益の内から、株主総会の議決を経て役員に利益を分与するものであるから、会社の利益処分としての性質を有するものというべきである。
なお、取締役に対する報酬は、定款または株主総会(有限会社にあっては社員総会)の決議によってその役員の職務の対価として支払われるものであるから、必要経費として法人税法上損金算入が認められているのであるが、その額については株主総会において自由に定め得るところであり、その額が高額であり、仮りに実質的に賞与として支給すべきものを報酬として支給すべき旨の決議をしたとしても決議そのものは有効である(なお、原告の場合、証拠上その決議さえ窺われない。)。しかしながら、右のごとき決議によって実質上賞与として支給すべきものを、毎月の報酬名義で支給すれば損金に算入できることとなれば、被告主張のような不公平な結果になるので、そのような場合にも、賞与相当分の損金算入を否認することができると法人税法三四条で規定しているのである。
また、会社の役員は、株主の委任を受けて会社業務を執行する使用者であり、使用人は役員の指揮監督を受けて職務に従事するものであるから、その地位は本来対立的存在であるが、我が国独得の制度として、俗に功労役員なるもの、すなわち、本来使用人であるが長年の会社に対する功労を犒うために役員の肩書きを付した例えば取締役営業部長のごとき者が多数存在する。これらの者は、本来使用人であるから役員に選任されたからといって一律に役員として取り扱うことは我が国の実情に即さない面があり、そこで、法人税法は、三五条二項において、使用人としての職務を有する役員については、使用人としての職務に対応する部分の賞与について損金経理をしたときに限り、使用人賞与として損金とする取扱いを定めた。そして、使用人としての職務を有する役員は、本来使用人である者に限っているのであるから、法人税法三五条五項において、使用人兼務役員の範囲につき、まず法人の業務執行につき重要な地位にある役員を除外し、さらに使用人にどのような職務を担当させるかは会社が任意に定め得るものであるから、比較的固定的に定められている会社の内部組織の職制上の地位を占め、かつ、常時使用人としての職務に従事している者に限定したのである。
更に、法人税法施行令七一条一項四号・二項は、法人税法三五条二項・五項の規定の適用に関し、同族会社について特別の定めをしているけれども、右は、同族会社にあっては、会社の経理が比較的自由に操作できること、使用人ないし使用人兼務役員等であっても、同族判定株主である限り、自己及びその同族関係者の持株を通して、会社経営にある程度の支配権を持ち得る立場にあることなどに照らし、同令同条同項規定の者の賞与は、本来の役員に対するものと同じく、利益処分として計算すべきであるとの考え方によるものと解される。
次に、法人の利益処分としての性質を有する役員賞与について、その原資となる利益に法人税が課税される一方、右賞与の支払いを受けた役員個人については、当該役員の個人の所得として、これに対して所得税が課せられるのは当然である。ただし、この場合は、その基本的構造において株主の集合体である株式会社と実質的には同一体と称しうる株主個人に、法人の利益処分としての配当がなされるのと異り、会社とその役員との間においては右のような意味における一体性はなく、法律上も委任関係に止まるものであるから、会社が課税済の利益のうちから役員に支給する賞与について、役員個人の所得として再び課税されたからといって、同一体に帰属する利益に対し重ねて課税したものということのできないことは明らかである。
また、功労役員自体が本来の役員でないことは前述のとおりであり、法人税法三五条二項の規定は本来の役員のほかに功労役員が存在することを前提とし、その勤務の実態に沿う取扱いを定めたものであるから、本来、功労役員が存在しない法人については、使用人兼務役員自体が存在しないのであるから、不平等の問題はおきないのであり、さらに、同項の規定は、たとえ使用人兼務役員であっても役員としての職務に対応する賞与については損金に算入しないとしているのであるから、いずれにしてもそこに何ら不合理不平等の点はないものというべきである。
法人税法三五条、同法施行令七一条は、憲法三〇条の納税の義務を適正に実現するため、憲法八四条の租税法律主義の原則に従い法人税の課税標準の計算方法を定めたものであって、各規定の制定にはそれぞれ十分な理由を有するものであり、また、同規定は、租税の徴収において不可欠の要素である公平、確実の理念に依極するもので、公共の福祉の要請に副うものというべきであるから、不当に財産権を侵害するものとは到底解することができない。
以上のとおりであるから、法人税法三五条四項及び五項並びに同法施行令七一条一項三号及び四号の各規定は、それぞれ相当かつ十分の理由に基づくものであって、これらが、憲法一四条、二九条一項、二項、三〇条に違反し無効であるとの原告主張は、到底採用できない。
2 同(二)ないし(五)について
(一) 法人税法上、役員とは、法人の取締役、監査役、理事、監事及び清算人並びにこれら以外の者で法人の経営に従事している者のうち政令で定める者(法人税法二条一五号)とされており、取締役、監査役については特別の定義を置いていないから、私法上の取締役及び監査役を指すものと認むべきであるところ、私法上取締役及び監査役とは、株主総会(有限会社にあっては社員総会)において選任され、就任を承諾した者をいうものとされている(商法二五四条、二八〇条、有限会社法三二条、三四条)。そして、取締役及び監査役は登記しなければならない(商法一八八条、有限会社法一三条)こととされているが、成立に争いのない乙第二、第三号証の各三によれば、取締役前田初世、同前田邦夫、監査役前田一男は、それぞれの登記を経由しているのであるから、正規の手続において選任され、それぞれ就任を承諾した役員であって、資格において欠けるところはなく、名義上も実質上も役員であるというべきである。しかも同人らが、法人税法施行令七一条三号もしくは四号該当の役員であることは前記のとおりであり、そうとすればこれらの者は法人税法三五条の規定の適用を受けることとなるのが法の定めるところといわねばならないが、右同令同条同号が右同法同条の委任を受け、かつ、その委任された範囲内の事柄について規定したものであって、その内容において法律の委任を超えるものとはいえないことが明らかであるのはもとより、その他右各法条が何ら無効不当と目さるべきものでないことは、前判示のとおりである。
また、租税法律主義とは、課税標準、納税義務者、税率等の課税要件を租税法規として規定することにより、行政庁の恣意的な徴税を抑制するとともに国民の利益が侵害されないようにするためのものであって、原告主張のように課税要件たる個々の社会経済事象のすべてが、租税法規上に規定された字句と同様に、他の法規上、たとえば、商法又は会計諸則上に規定されていなければならないものとするものではない。
(二) 以上に鑑みると、原告の(二)ないし(五)の主張は、多言を要するまでもなく、いずれも失当たるを免れないこと明らかといわねばならない。
3 そうとすれば、本件各更正処分及び各決定処分が違法であるとする原告の主張は、いずれも失当であり、採用できない。
よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西岡宜兄 裁判官 丹羽日出夫 裁判官 木村元昭)
別表(一)
<省略>
別表(二)課税経過表(昭和五四年度分)
<省略>
別表(三) 課税経過表(昭和五五年度分)
<省略>
別表(四)課税経過表(昭和五六年度分)
<省略>
別表(五) 賞与支給状況表
<省略>
別表(六) 株主(出資者)構成表
<省略>
(注) 一 昭和五五年八月二七日組織変更
二 出資一口当り金額及び株式一株当り金額は何れも一、〇〇〇円である。